再会

ITRCセッション後、ICUの韓教授が迎えに来てくれた。韓さんは私が津田研にいたころ博士課程の留学生として日本に来られた方で、私は彼の日本語チューターだったという仲。一度アメリカの学会で会ったことがあって以来だからもう5年ぶりくらいだろうか。日本語だいぶ忘れたとおっしゃるがなかなかどうしてお上手。彼は徴兵時代米軍にいたことがあって英語もうまい。そういえば学生時代だいぶ彼に英語論文を直してもらった記憶がある。
旧津田研メンバー4人連れだって、ICUに連れて行っていただく。とても綺麗で広いキャンパス。土曜にもかかわらず同僚の方を何人か連れてきていただいて、研究交流。大学の紹介をしてもらう。ICUは昨日行ったETRIと企業が合弁で作った私大なのだそうな。といっても運営には国のお金が相当入っているらしい。全講義は英語だとか、学部学生は授業料タダだとか(大学院は年60万円ほどだがTA/RAでカバーできるという)、教授一人当たりの学生数も少ないみたいだし、とても恵まれた印象。続いてお互いの研究状況の紹介などなど。特にBcNの話が面白い。韓国だと本当に実現しそうな気がするところがすごい。日本は政府の規制があまりに効きすぎていて、とにかくダメダメだ。
その後大学の食堂で食事。土曜は休校なので貸しきり状態。鍋がうれしい。あまり辛くないものをと注文してくださったらしく、なかなかうまかった。話もはずむ。印象に残ったのは、いまや韓国で消費されるキムチの半分は中国からの輸入だということ。業者が技術移転して現地の工場に作らせるそうな(そのほうがもちろん安いから)。で、韓国で作ってるキムチはといえば、高く売れる日本へ輸出されてるという話。また、ICUの土地はもともとサムソンが持っていたのだがこれを譲り受けた際、交換条件として建物の設計などをサムソンが請け負うことになったんだそうな。そのときにサムソンはあるビルをS字型に設計した図面を出した。SAMSUNGのSである。それがICUに残る上に、S字型で高くつくその建物の建築はもちろんサムソンが受注したそうな。金儲けってそうやるのねぇ。
食事後、同僚の方たちと別れて韓さんの研究室で歓談。内輪話などを聞かせてもらう。韓さんの学生も2人紹介してもらうが、うちの一人はC言語のとても分厚い入門書を書いた韓国での有名人、もう一人は修士2年間で論文を10本も書いたというとても優秀な学生だとか。すごいなぁ・・・・目が点になるような話。こんなバイタリティのある人たちをこれから相手にしなくてはいけないのだ。
韓さんの車でソウルに移動する。200kmほどのドライブ。高速で3時間弱とふんでいたが結構渋滞していて時間がかかる。その間、いろんな話をする。韓さんは韓国はまだまだだと謙遜するが、私たちは既にいくつかの分野では日本は韓国に負けてることを認めざるを得ないという意見で一致している。でも、歴史論議などの話は大きい。韓さんは非常に日本びいきなので、あの戦争での日本の行動ですら仕方なかったのではないかと同情してくれるほどなのだが、やはり少数派だろう。でも、そういう韓国人がいるというだけでも、とても救われる気分になる。これから日韓中はきっとかなり密接な連携をしないといけない時代が来るだろう。ただ、現状ではそんな雰囲気になりそうにない。日本は過去を引きずっているし、中国は中華思想から抜けきれない。だからこそ韓国がイニシアチブをとらないかんのちゃうの?という話をした。
ソウルでは韓さんの奥さんと息子さんが待っていてくれて、仁寺洞のお店で伝統的な韓国の精進料理のようなものを食べさせてもらった。山村という店らしい。精進料理のコースが出てくる。あと、法酒がうまかった。食べていると女性が韓国舞踊を披露してくれるパフォーマンスがある。とても楽しい。
食後、すこし仁寺洞を歩く。少し街灯が少なく暗いが、安全だ。夜が安全だというのはとてもいいことだと韓さんに言うと彼もそれについては同意してくれた。この街は昼間向けの店(本屋や服屋や)と夜向けの店(飲み屋等)が混在していて、またお菓子の屋台の店が多いのが特徴だろうか。おもわず呼び止められた店で飴を買ってしまう。
最後はホテルまで送ってもらう。本当にお世話になった。是非京都に来てくれとお願いする。